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歩きスマホとか、人との距離感

このところ、以前にも増して注意を呼びかける頻度が高まってる。

スマホの通知のチラ見とか、その程度なら大した問題でもない気がして、そんなことに呼びかけるのって、なんだかおかしな気がしている。

 

歩きスマホに限った事じゃないけど、周囲と自分の立ち位置に対する意識が薄れてるのが、そもそもの問題なんじゃないだろうか?

都市部在住在勤で、通勤の時にも感じる事だけど、急に立ち止まったり、進路変更したり、ぶつからない方が驚きだったりする。

学生だけでなく、春から社会人になった人を含め、数人のグループになると、横に広がって話ながらゆっくり歩いたり、他社の通行の妨げになるのも気にしない人も増えたようにも思う。

 

個人主義と言うか、多様な価値観と言うか、極端な言い方をすると、いつからこんな風に周囲におかまいなしで好き勝手をやっていい風潮になったんだろう?

程度の差こそあれ、不満があれば言えば的な風な態度をとりながら、「邪魔だ、どけ」(ビビりなので、そんな言葉は使わないけど、顔は言われなきゃ気付かねぇのか、このボケって顔に多分なっている)とか言うと、「チッ」と舌打ちするような顔したり、もっと悪けりゃ「なんだ、やるのか、このヤロー」みたいなことにもなりそうで、互いに不愉快な思いをすることになる。

 

周囲との距離感が近過ぎて、距離を保つ事がしにくいことと、しにくいから意識しないと言うことの繰り返しで感覚が麻痺している事をなんとかするよう心がけた方が良いんじゃないのかな

通勤電車が混雑の影響で遅れて、「またかよ」って言うだけじゃ何も解決しない。

混雑のピーク時に乗ってる自分を棚上げして、他人を不満に思うより、自分が少し時間をずらすとか、そんな感じに発想を変えて、自分の出来る事を考える方が健全だと思う。

Evernoteの値上げをきっかけに考えるノート系アプリケーションとWebサービス

なんて考え始めたものの、答えはまだ見つかりません。

 

ここ一週間ほどの間、あちこちでつぶやかれたり、代替を検討したり移行を考えている人を見かけて、わたしも考えてしまいました。

Premiumアカウントで既に何年間か使い続けていて、それなりの数とサイズにまで膨れています。

わたしは正直なところ、すぐに乗り換えという風に考えてはいないのですが、値上げの幅や今後のサービスの変更などがどうなっていくのか、場合によっては移行することも念頭に置きつつ、今の使い方と今後の使い方なんかを考えなきゃなぁとボンヤリ思ったわけです。

 

MSのOneNoteに乗り換える人、Appleのメモ.App (Notes.app) に乗り換える人 が割と多いようですが、わたしの使い方ではどちらもちょっと違う気がしてシックリきません。

Evernoteは雑多なものを分類や整理など、気にせずにとにかくまずは記録することから始めました。

ソフトウェアの購入時のシリアルや、Webサービスのアカウント情報、家電などの説明書をスキャンしたり、ダウンロードしたPDFだったり、手書きのメモの切れ端をiPhoneのカメラで撮ったものなど、混在している状態です。

ソフトウエアのシリアルやライセンス、Webサービスのアカウント情報などは、別のものへと移行しているし、使いながら時々整理もしています。

 

古くからEvernoteを使っている人には似たような感じの人もいると思いますが、こう言う状態だと何か問題があって、Evernoteが使えないと手詰まりになってしまいますし、継続して利用するかどうかと言うのを決める際にも腰がひけます。

Evernote一ヶ所に集約する事で、探す範囲を狭めて「どこにいれたっけ」と言うのを避けることが出来ますが、他のどのアプリやWebサービスよりも圧倒的に手間がかからないのです。

 

記録したいことを保存する」ことにかけては、他に例を見ないほどに勝れてます。

どこにどんな風に保存するのかとか、フォーマットがどうなのかとか、分類はとかそういう事を考えずに保存出来る強みがありますが、Evernoteの致命的に弱いのは、テキストなどのメモを編集するとか、WebClipとか、画像の加工とかは諦めた方が良いって位です。

不必要な部分や誤りや変更があったものを修正したり更新したりと言う部分は、諦めた方が良いような気分になる。

 

なので、すぐにFixしないようなもの、短期的なメモは手軽なメモ帳やGoogle Keepなど、付箋的なものを利用して、Evernoteを使わない方が良いような気がするし、自分の今の使い方でもEvernoteにその手のものは記録していない。

WebClipはPocketやInstapaperを利用するようにした方が、それを加工したり自分なりに内容を整理してまとめる上では良い気がする。

いつ記録したのかと言うのが割と重要なものは、Day OneとかWri.peとかを使うことでどうにかなる。

それが写真だったりする場合、Googleフォトも有効だし、誰かとノートを共有するならQuipもありかなと思う。

 

ノートの数が18,000程度になると、整理するのもちょいと手間だけど、検索する上でEvernoteだとあまりストレスにならないのは流石だと思う。

他じゃぁ、そもそも探せないんじゃないかとさえ思うので、Evernoteってgreatですなぁ(^_^;)

 

 

 

問い合わせや質問への回答

問い合わせや質問への回答
職場で身近にあったことで感じた事だけど、調べ物への回答で、会話として成り立たないというか、やや独善的なのがあった。

端折って書くと「読み込ませたデータが出てないけど、なんで?」って問いに、原因や理由とか調べた事を書くのは良いが、長くて読みにくい。

当然却下で、自分ならってのを代案として出してみたが、質問内容の思った事と違う原因を伝えること、それの具体的な例を示せば良いだけで、それ以上のことを書く必要はないんじゃないかと思った。
長くなるなら、その段階で求められてないことが、今後どうして欲しいとか解決方法を示す必要はない。
それをどうしたいのかは、相手が考えることと言うか思うことで、問題をどうするのかとか、色々調べたことまで伝えようとするのは、会話が成り立たない。
先のことまで予想して調べるのは良いけど、やったことやわかったこと全てを伝えるために、会話を無視しちゃいけないと思うんだよな

回答の後、案の定「どうしたら出るようになるのか、それは出来るのか」という質問が来たが、出るようには出来るが、検索には引っかかりにくいし、使い勝手が微妙だから、元のデータの方含めて考えた方がってのを、個人的な結論として出してる。

返してはいないけど、答えることになるだろう人には伝えてはある。
。。。これをどう伝えてもらうかは、その人が考えることではあるが、どうなるやら(^_^;)

 

質問の仕方

質問の仕方
「わからないから教えて欲しい」よくある事だと思うけど、質問される側を困らせることってあるよね

そもそも質問してる内容がよくわからないなんてのは論外だけど、そうでなくてもなぜ自分が質問に対する答えを出せると思うのか、わからない事がある。

質問する側の意図がわからないとかも答えに窮する。

やり取りしてるうちに、さらなる疑問が浮かんだらして、質問を質問で返したりってなると、お互い困る。

そうならないために、何ができるだろう?(^_^;)

 

やってみなきゃわからないこと

実際に作ってみないと分からないものというのって、案外多いのかな
依頼を受けて作ってみたけど、なんだか想像してたものと違うってまで極端じゃあないし、途中で想定してなかったものに遭遇したりして、その都度再検討だったり、詳細を煮詰める必要に迫られることってあるけど、そもそも想定してないことの対応にかかるコストって、見積もりには含まれない。
それわどうするのかってのは当然考えなきゃならないけど、途中でこの先想定外で対応を考えなきゃならないのがどれほどあるのかなんて、どうやったらわかるんだろう?(_;)
そういう事態を織り込みながら、依頼って出すものなのかなぁ
場合によっては依頼を継続しないで、依頼そのものを取り下げて、なかったことになんてのもあるかも知れない。

職場で騒がしくするキッカケ

なんとなく、今日はその一端を知った気がした。
なんのことはない、問題が起きたり、想定外の対応が必要なことが発生して、当事者意識がない人を巻き込むための手段の一つ、課題や問題を共有すべき相手が不明瞭な歳にする手っ取り早い手段として有効だったりするからかも知れない。
ただ、こういう事を成功体験として味をしめてしまい、頻繁にやると周囲の人からは「騒がしいヤツが、またワアワア言ってる」位になってしまうから、使用上の注意が必要かな

年明け早々からちょいとトラブルがあって、事前の準備と確認が足りなかったと言うオチではあるんだけど、半日近く想定外の時間を取られた。
早出して残業とかは、あまりしたくないもんですねぇ(´;ω;`)ブワッ

依頼の方法

実現したい何かがあって、目的ではなく、方法を依頼する

 

そういうケースって多々あると思うけど、依頼人が思って、示した方法では実現できないか、場合によってはもっと良い方法がある時って、なかなかに悩ましい。

実現できないかことが分かっていて、代替案が見いだせていない時という場合は、なおさら厄介だったりする。

依頼の内容のその先にあるものを十分にわかってる場合とか、課題発見から解決まで一緒に考えて合意を取り付けられるなら、達成した時にその気持ちを共有もできるし、みんなが笑顔で居られる気がする。

現実はなかなかそうもいかないんだけど、なんでそうなんだろう?_)